2026.01.14|会長ブログ

日残りて 昏るるに 未だ遠し♨️

 

あけましておめでとうございます🎍。

 

毎年のことながら、お正月が来ると、またひとつ歳をとることになります。特に私の誕生月が2月なので、年が明ければすぐにひとつ追加されることを意識づけられます。今年2月の誕生日で満78歳となります。

 

つい先頃、後期高齢者となってしまったのかとため息まじりに本格的老人に突入したことを、わが身体と精神の衰えを感じたところでしたが、すでに2年が過ぎ、3年目に入ろうとしています。

 

思えば、3年前の75歳の私はどうだったんだろうと思い出そうとしても、ほとんど思い出せません。あの頃の体調や精神状態と今とでは、たぶんそんなに変わりがないように思われます。

 

若干の記憶力の衰えはあるものの、身体の衰えはさほど感じません。しかし、よくよく思い出せば、道を歩いていて、平らなところでのつまづきは多くなってきたようです。また段差が30㎝以上もあるとスムーズに飛び降りることが出来ず、一瞬立ち止まり、ゆっくりと片足づつ降ろすようになりました。また、立ったまま片足をズボンに挿入するにはそばに支えるものがなければ、こわくてやれません。

 

そういえば、スキップしながら歩いたなんてことは、はるか昔のことで、今もやってみようかと思いましたが、その動機もなければむなしいだけで、不整脈が起きる不安のほうが先立ちます。握力もだいぶ落ちてきているようで、時々ペットボトルの栓を抜くのに必死の形相になります。

 

ということは、この3年の間、少しづつ体力も衰えていったんでしょね。またふと気づけば、左の耳がどうも聴こえにくくなってきたことに最近気づきました。2、3人で話している時は普通に聴こえるんですが、居酒屋なんかで大勢の人たちがワイワイしているところでは、目の前の人との会話がはっきり聴こえなくて何度も聞き返してしまうのです。これは、いよいよ完璧な老人の世界に入ってきたのかなあと覚悟しました。

 

とは言っても、そう悲観したものでもなく、今更スキップが出来なくて悲しむ必要もなく、道で多少つまづいたからといって歩けないわけでもなく、片足立ちで靴下を履くことなんてもう10年も前からできず、そんな芸当は若い頃時間のない朝の出勤の慌ただしさの中でこそ価値のあるもので、今は朝なんかでもたっぷり時間があるのでそんなことは必要ないし、・・・耳の聞こえにくいのも日常生活になんら差支えはなく、この歳で居酒屋で大声で話すことも昔ほどの回数と比較すればその一割もないし、若い人の話す内容が理解できず、もちろん聞こえないから適当に相槌打てば、相手は物分かりのいい爺さんと受け取ってくれるようで、要するに物は考えよう、つまるところはポジティブ、前向き、あるがままを受け入れてしまう事こそ老人の生きる知恵なのですね。

 

お正月のテレビのBSで藤沢周平原作の「三屋清左衛門残日録」があり、前にも見たことがありましたが、主人公の北大路欣也が大好きなので、また同じものですが楽しく見ていました。老齢になって家督を息子に譲って、楽隠居となったものの、その藩の派閥抗争に巻き込まれていくという物語です。主人公の清左衛門が書き記す毎日の日記の表紙に残日録とあり、その書き出しに、

『日残りて 昏(く)るるに 未だ遠し』

と書いてあります。まさに今の私の心境にぴったりな言葉です。

 

そして今年のテーマは、

しなやかに、したたかに、つややかに

そうありたいものです。

 

ペン
この記事を書いたのは私です。
本多和彦会長